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空前のクラフトビールブームをブームで終わらせないために必要なこと

キリンビールクラフトビール店を立ち上げ

2015年4月17日(金)、代官山の東急東横線跡地に『LOG ROAD DAIKANYAMA(ログロード代官山)』がオープン。全長220mの緑にあふれた細長い敷地に5つのお店が点在し、散歩気分で楽しめる心地良い商業施設だ。

その目玉の一つが、代官山駅から最も近い場所にできる『SPRING VALLEY BREWERY TOKYO(スプリングバレーブルワリー東京)』。これはなんと店内で造ったクラフトビールを飲ませるオールデイダイニングだ。

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現在、空前のクラフトビールブームなわけだが、そもそもクラフトビールとは、シンプルに言うと、大手ビール会社とは一線を画し、小さな醸造所(ブルワリー)がクラフトマンシップを発揮し、こだわって小ロットで造るビールのことだ。消費者の立場で更に乱暴に言うと、従来からの大手のビールは喉越しが爽快なラガービールピルスナー)だが、クラフトビールはホップを強く効かせるなど味わいが個性的で、大量に飲むというより味わって飲むエールビールだ(もちろんラガーもある。あくまでざっくりとした説明)


つまり、大手ビールとは真逆のクラフトビールだが、このスプリングバレーブルワリー東京はなんと大手のキリンビールが運営するというから驚く。

ちなみにクラフトビールのシェアがどれくらいあるかと言うと、ビール系飲料(ビール・発泡酒・新ジャンル)全体において出荷ベースでわずか0.4~0.5%、金額ベースでも1%程度。ブームと言っても実際はとても小さい数字。

しかし、クラフトビール先進国であるアメリカでは、クラフトビールのシェアが出荷ベースで7.8%、金額ベースで14.3%とずっと高い。

ビール類全体の市場は、課税出荷数量が10年連続のマイナスという右肩下がりなので、大手が伸びしろのあるクラフトビールに注目するのは理解できる。それゆえ各社がクラフトビール的こだわり商品を投入し始めているが、最も思い切ったのがキリンビールというわけだ。

同社のクラフトビール関連の流れを記すと、2014年7月、クラフトビールブランド「SPRING VALLEY BREWERY(スプリングバレーブルワリー)」の立ち上げが発表され、第一弾商品「SPRING VALLEY BREWERY 496」(プロトタイプ品)の予約受注を数量限定で開始(発送は9月末)。2014年9月、星野リゾートの子会社であり、クラフトビール最大手である「よなよなエール」で知られるヤッホー・ブルーイングと業務・資本提携。2015年3月に、代官山に先行して、キリンビール横浜工場内に「スプリングバレーブルワリー」オープン。そして、今回のオープンとなった。

キリンビールはかつては磐石の王者だったが、2001年にアサヒビールに首位を奪われ、2009年に奪回したものの、ここ5年はアサヒビールに再びシェアトップを奪われている。また、2014年度は大手4社の中で唯一の前年比減となってしまった。そうした中でのこのクラフトビールプロジェクトなわけだが、元々キリンビールは日本におけるビールのパイオニアだ。「キリンビール」という商品はジャパン・ブルワリー社により生み出されたビールだが、その前身と言えるのが、1870年にノルウェー醸造家ウィリアム・コープランドによって横浜に造られた醸造所「スプリングバレーブルワリー」。つまり今回は、自社の元始であるブルワリーの名前を用いており、原点に立ち返る強い意気込みが伺える。

ホップの世界を変える「ビア・インフューザー」

さて、スプリングバレーブルワリー東京である。ホップを効かせ華やかで心地良い苦味も喉越しもバランスの良いフラッグシップビール「496」や、前述の創始者の名前を冠したピルスナーコープランド」、ゆずや山椒を用いた和風な白ビール「Daydream」など、6種類の個性的なビールを通常メニューとして揃えている。その味わいは想像以上のもので、考えられ研究され、また実作を繰り返されたビールと分かる(ビールは横浜も同様。食事メニューは異なる)。

店内も楽しい。恐らく世界初というガラス張りの仕込み釜や発酵貯蔵タンクがあり、ビールが造られている様子を見ることができる(日中は光が入らないようにカバーをし、夜はビールに影響の少ない黄色いライトを使うなどの配慮もされている)。食事も「美味しくなければならない」ということで、ステーキなど充実の肉類を中心にレベルの高いものが並ぶ。

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そんな中、最大の注目が、飲む直前にホップやフルーツなどをビールを通し、香りや風味を加えられるという、これも世界でここと横浜にしかないオリジナルの装置である「ビア・インフューザー」だ。

この話を初めて聞いた時に思ったことがある。昨今のクラフトビールブームは、ホップブームと言えるほどホップが過熱しているよなぁ、ということである。

ブームの推進力の一つはIPA(インディア・ペール・エール)だ。IPAとは、元々はイギリスからインドにビールを輸出する際、長い航行に耐えられるよう、発酵度を上げ、ホップを多く加えた独特な苦味の強いビール。これがアメリカのマイクロブルワリー(小さな醸造所)で進化して盛り上がり、世界中に波及した。キーになるのは、とにかくホップ。いわゆる大手のビール(ピルスナー)は、チェコやドイツ系のホップを使うことが多いが、クラフトビールで特徴的に使われるのが、エキゾティックだったりフローラルだったりする、アメリカやニュージーランド・オーストラリア産などの新種のホップだ。しかもそれを大量に使う例が目に付く。


例えば、グレープフルーツを思わせるニュージーランドの人気ホップ「ネルソンソーヴィン」を“ふんだんに使った”という『8ワイアード』(ニュージーランド)の「ホップワイアードIPA」や、通常のビールの40倍以上のホップ(こちらもネルソンソーヴィン)を入れたという『ブリュードッグ』(スコットランド)の「パンクIPA」など、ホップ感が強烈なビールが次々生み出されている。これらはどれも文句なく美味しいが、しかし、その先を思うと「更にホップが100倍、200倍とより過剰な方に進むだけ?」と若干の冷めた見方になってしまうのも事実。厚化粧をしすぎると逆に美しさが損なわれていくのと似た危惧だ。


話を戻す。ホップを足せる「ビア・インフューザー」だ。これもホップ盛りなのかと思っていたのだが、飲んでみて驚いた。

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これは単にホップを増したものではない。オープン段階では、ブラヴォーホップを効かせた看板ビール「496」に、ギャラクシーホップをくぐらせることができるのだが、つまり別種のホップを追加することが大きなポイントで、更にホップを過剰に効かせた、というより、別のエッセンスを加えた感じとなっていた。

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ブラヴォーホップの若々しいフローラルの感じが強まるのではなく、ギャラクシーホップのトロピカルフルーツのような味わいが加わることで、また別のビールに変わったからだ。パッションフルーツのようなオレンジのような甘味が増す感じ。

ホップ人気の流れの中で、新たな装置を造り、単に量を増すのではなく、ライブ的に変容のマジックを魅せるというのは粋。これは世界的にも誇れる提案だろう。

また、東京店オープン記念限定醸造ビール「First. Crossing」(ファーストクロッシング ~一号踏切~)を飲んだところ、ネルソンソーヴィンを使っているのだが上品な使い方で心地良く、とても落ち着く、ずっと飲んでいたくなるようなビールだった。同じネルソンソーヴィンがメインであっても、前述の海外のビールや、サッポロビールが出しヒットした「薫り華やぐヱビス」などともまた全然違うのだ。新しいホップを使い流行の味わいを押さえながらも、それ1本の戦略にしていないところに好感を持ったし、とても美味しかった。

先に述べたようにクラフトビール人気の鍵の一つはホップだと思う。そしてスプリングバレーブルワリーはその流れで新たな提案を見せてくれた。これはクラフトビール全体に良い影響を与えそうだが、他にどんな要素がクラフトビールの未来ある特徴であり、また生き残る術だろうか? 最初がホップということでダジャレ的にステップとジャンプを考えてみたい。

ブドウ? 栗? 無限の可能性を秘めた副原料

ということで、ホップの次の「ステップ」は、副原料だ(日本では発泡酒に分類されることになる)。

ヒューガルデン ホワイトなどで知られるベルギーのホワイトビールが副原料としてオレンジピールコリアンダーシードを使っていてスパイシーさと爽やかさを増しているように、ホップ以上に可能性があるとも思えるのが副原料なのだ。

スプリングバレーブルワリーでは、ゆずや山椒を用いた白ビール「Daydream」が特徴的。ただ、この組み合わせ自体は日本クラフトビール社の「馨和 KAGUA」でも用いられているので全くもって新しいわけではないが、また別の味わいになっているのと、ラインナップの幅を広げていて今後の期待も高めてくれていて良い。それとラズベリー果汁を加えた「JAZZBERRY」がとても美味しかった。フルーツビールはいろいろあるが、くどかったりと意外と美味しいものに出会わない気がするが、これはバランスが巧みだと思った。

日本では地ビール解禁のきっかけとなったサンクトガーレン社が、りんご、メイプルシュガー、シナモン、パイナップル、黒糖、バニラなどを使った斬新なビールを次々に出している。が、イタリアなどはもっとすごいことになっていて、ビリフィーチョ・グラド プラトは、カカオ豆、イナゴ豆、栗、緑茶。ビリフィーチョ・ローベルビアは、ブドウ、クローブスターアニス。ビリフィーチョ・イタリアーノは、小さなバラの花をつぼみのまま、黒胡椒、レモンやオレンジの花からのハチミツ、エルダーベリーなど、想像しなかったような副原料を用いた、とても美味しいビールが生み出されている。このジャンルもやりすぎると新奇さに走り何だかよく分からなくなりそうだが、未知の可能性を無限に秘めていると言え、クラフトビールをもっともっと楽しませてくれそうだ。

ビールはマリアージュで楽しむものに

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そして、最後の「ジャンプ」。それはペアリングだと思う。つまり、美味しく造ったビールとどんな食事を合わせるのか?だ。今回も全6種のビールとそれに合わせたおつまみのペアリングセット(2000円)があり、また、フードメニューには、おすすめのビールが記載されている。「とりあえずビール」という言葉は、食事とのペアリングが考慮されていないが、個性的なクラフトビールはワイン同様、食事との相性を楽しむに恰好だ。相性はいろいろと試したいし、もっともっと追求されていくと面白いだろう。

それこそキリンビールが横浜工場で行ったビールとスイーツのマリアージュ講座に参加した際、そこで提案されたキリン一番搾りピエール・エルメのシトロン・マカロンのペアリングの驚くほどの立体的な美味なマリアージュに衝撃を受けたことがあるし。

と、ここまでクラフトビールをブームに終わらせないための3つの鍵と個人的に思っていることを書いたが、もっとも原材料の質・セレクト・製法の違いなどはとても重要だ。変数の可能性を探り、真に美味しいクラフトビールを、更にフードと合わせることで未体験な美味しさの世界を生み出せれば、クラフトビールは一過性のものではなく、定着するのではないだろうか。

大手のクラフトビールはダメなのか?

ともあれ、今回のオープンに関しては「そもそも大手がクラフトビールとはおかしくないか?」などの声をよく聞いたが、消費者にとっては、どこが造ろうが、美味しいビールが飲めれば良いと思う。お店で実際に飲んでみて思ったのは、当然だがキリンビールは遊びでやっていない。本気でアイデアと大手ならではのお金を注ぎ込んで造っていることを、端々に感じた。ぜひ体験することをオススメする。

そして、当然、非大手のクラフトビール醸造所はアイデアと技術でもって更なる美味しいビールを造ってほしい。そうして皆が高め合えば、クラフトビールはまだまだ面白く、ブームを超えていくだろうと思うのだ。