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「少女時代」の今。テヨンが作詞も手掛けたソロ・デビュー作「I」で、新たな“時代”の扉を開ける

2010年に日本デビューし、KARAと共に韓流ブームを巻き起こした「少女時代(SNSD)」。ブームは過ぎ去り、日本で話題になることは少なくなったが、本国では変わらずの人気で、今も最も売れるガールズ・グループだ。そして、そのメイン・ヴォーカルで、以前より歌唱力が高く評価されていたテヨンが2015年10月にミニアルバム(5曲とカラオケ1曲)を発表し、ソロ・デビューを果たした(10月7日にデジタルリリース、8日にCDリリース)。その中身について楽曲分析しつつ書いてみたい。

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タイトルは「I」。
彼女がリーダーとして引っ張ってきた「少女時代」は常に「We」だった。今回のタイトルは改めて自分個人と向き合い、一人で新たな世界へ自信を持って踏み出す決意がストレートに伝わる。とてつもなく大きな一歩だろう。

韓国ではアルバムの曲をシングルで出すのではなく(あるいはその逆でもなく)、その中から数曲のMVを作りTVで歌うなどプロモーションしていく。ミニアルバムからの展開は1曲であることがほとんどで、今回選ばれたのはアルバムタイトル曲である1曲目の「I」だ。

 


TAEYEON 태연_ I (feat. Verbal Jint)_Music Video ...


この曲は歌から始まる(MVでは歌の前に前奏がわずかに挿入されている)。サビを前出ししたカタチで、4分の4拍子の前小節2拍目裏から入る。つまり2拍半分が前倒しされるのだが、そこは彼女だけの声。新たな一歩を一人で歩くと宣言したアルバムの冒頭がたった一人の本人の声で始まるのは象徴的であり快く響く。

そして伴奏が始まるのだが、一聴して少女時代との変化に気付く。ギターが前面に出たバンドによる演奏なのだ。

少女時代はK-POPの王道のエレクトロなダンス・チューンが多かった。大ヒットしたGeeは切ないメジャー7の楽曲を高速にテンポアップした打ち込みだったし、美脚ダンスで話題となったGenieの通奏低音的に鳴り続けるシンセベースの音を思い出す方も多いだろう。もちろんバンド的生演奏的楽曲がなかったわけではない。Geeの韓国版ミニアルバムに併録されたWay to goはヘヴィーメタル、ハードロック的だった。だが、それはハードロックの初期衝動的部分をガーリーさと組み合わせたものである(ベビーメタルなど世界的に類例は多い)。「I」はエレキギターを歪ませず、ディレイと若干のコーラス(という音を変える効果)をかけたと思われるほぼ生音で、リアルな人間の手による等身大的な音楽であり、テンポもとても落ち着いたロックだ。これまた新たな道を歩く印象を強く感じさせる。

作曲に注目すると、全体を通して印象的なのが、ギターにより、きれいな和音と濁る和音が交互に揺れ動く不安定さだ。これは、主音であるAとその半音下・導音のG#の揺れ動きだ。導音は半音上がって主音に行き安定したい、という気持ちにさせる音だ。この導音と主音が曲中ずっと揺れ動く。これはテヨンのソロの決意と不安の両面を表すかのよう。そしてコード進行は、D、E、F#m、Aとなり、転調などなく、この組み合わせで全てがまかなわれる。IV、V、VIm、Iと極めてシンプルな構成だが、IVで始まる、つまり比較的不安定に始まる。若干専門的になるが、サブドミナントドミナントに行き、短調の果て、トニックへ至る。それは王道の動きであり、先の導音と主音の解決にもあるように、揺れ動きながら前へ行こうとする自分探し的進行であり、また同時に着実に一歩一歩進むコード進行と言えるかもしれない。

また冒頭から始まるサビは、朝鮮に伝統的なヨナ抜き音階が使われている。これは4番目(ヨ)と7番目(ナ)の音がない、つまりハ長調で言えば、ファとシの音がない音階だ(といっても日本やスコットランドなど世界各地で広く使われる音階だが)。韓国の演歌といえるトロットなども基本的にヨナ抜きであり、伝統的なメロディーの作り方となるわけだが、サビのメロディーを3回繰り返し覚えさせた後で、一気に高音に上がり「My life is a beauty」という力強い自己肯定的な歌詞において、最高音として4の音が出て、更にすぐ7の音が出る。ここにおいてヨナ抜きは破られ、正に過去の殻を突き破り、新たな世界にテヨンが飛び立つような印象を与える。そして、多くの日本人にとっては、こうした箇所における芯のあるテヨンの歌唱は、日本でも流行った「Gee」などのアイドル然とした雰囲気とは全く違った印象を持たれるのではないだろうか。

歌詞について触れたが、この曲の歌詞はテヨン自身が手掛けている(共作)。多くのポップミュージックがそうだが、K-POPも歌手と作詞作曲が別になっている場合がほとんどで、テヨンが過去に歌詞を手掛けたことは一度もなく、今回が初となる。それだけに内容が注目されるわけだが、所属事務所SMエンターテインメントが「華やかなスポットライトの中に隠された率直な感情とこれからの決意など自伝的な話を歌詞に込めた」と発表したように、「数えきれない程の視線に、落ちる涙で一日をまた耐え、注がれた言葉に」などのアイドルの人知れぬ苦労とそこから飛翔するという決意の歌となっている。Iはsky、flyと韻を踏み、最高潮の場面で「fly high 私だけのbeauty」と歌われ、「私は再び飛び上がる」という歌詞で終わる。

MV(ミュージックヴィデオ)は、ニュージーランドで撮影されたという、広がる緑の風景にテヨンの声が澄み渡る映像(ディレイを使ったギターであることもあり、U2の、とりわけタスマニアについてジ・エッジが歌った「Van Diemen's Land」に似た印象がある)と、オークランドのカフェで働くテヨン(演技のみで歌の場面はない)を中心に展開される。少女時代のMVのほとんどにあるダンスは一切なく、歌で勝負であることがここからも明確に伝わる。途中に挿入されるVerbal Jintによるラップで語られる蝶butterfly(「飛ぶ前の蝶、人々は知らない、君の翼を」)はテヨンにとって重要なキーワードだ。彼女はサインに蝶のイラストを描く。それは彼女のあだ名であるテングをデフォルメしたものなのだが、蝶、それはつまりテヨン自身を指す。MVにおいて、My life is a beautyと歌うテヨンの手から飛ぶ蝶が、次のMy life is a beautyの際にカフェで働くテヨンの元に飛来し、自由を見た彼女は店を出る決心をし、束縛から放たれるように結んだ髪を解き放ち、車で新天地へ向かう。このとき、彼女はそれまで不安を覆い隠すように黒いインナーの上に白いYシャツを着ていたが、逆に、純粋な心を持ち、対外的には強く生きていくように、白いインナー、黒い外套を着る。ただ、共に両方の感情を併せ持つ黒と白のチョーカーは着用。そして出掛けた先で出会うのが、歌う白いテヨン。ここに白と黒の両面のテヨンは一体となり、物語が完結する。

楽曲、詩、ヴィデオ、そして何よりパワーある歌で前を向くテヨンの姿は感動的なものがある。ミニアルバム全体を見ると、似たミディアムテンポの歌い上げる曲が多く「Stress」のみ、アップテンポのロックとなっている。彼女が得意とする、よりソウルフルなバラードや、力強いR&Bなども聴いてみたいが、それは今後に期待するとして、ともあれK-POPの枠を超えた本物の歌が入ったアルバムは異彩を放ち、本国でも音楽番組の1位を10度獲るなど、少女時代本体に劣らぬ大ヒットとなった。アイドルから、世界に羽ばたく歌姫・真のアーティストへ。正に新たな“時代”の扉を開くアルバムだ。

1stミニアルバム - I (韓国盤)

1stミニアルバム - I (韓国盤)

 

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