新国立劇場 ヤナーチェク『イェヌーファ』 白い部屋で明らかにされるあらゆる感情の行方

初台の新国立劇場ヤナーチェクのオペラ『イェヌーファ』を観た。心に残る素晴らしい上演だった。

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ヤナーチェク(1854年~1928年)といえば、クラシック好きにのみ知られる、割と通なチェコモラヴィア作曲家だった。しかし、村上春樹の小説『1Q84』に登場し一躍有名になったのでご存知の方も多いだろう。


『イェヌーファ』は9つある彼のオペラの中で最も有名な作品で、作曲時期は1894~1903年。『1Q84』に出てくる彼の代表作『シンフォニエッタ』は1926年という晩年の作品だから、それよりかは割と早い時期のオペラだ。


それゆえ『シンフォニエッタ』を連想すると同じではないのだが、似たヤナーチェクらしい西洋音楽の歴史に囚われない不思議な気持ちになる音楽が飛び出す。更に『イェヌーファ』は40代という壮年期の作品だけあり、ミニマリスティックな脱近代的な響き、大胆な全休符などが意欲的に盛り込まれ、作品の悲劇性がエッヂを立てて刻み込まれた傑作だ。


今回のプロダクションは知的な解釈で知られる演出家クリストフ・ロイによる演出。元々ベルリン・ドイツ・オペラで上演され、大好評となり、その模様を収めたDVDはグラミー賞にもノミネートされた。
今回来日の歌手もその際のメンバーとほぼ変わらないという貴重な公演だった。

公演は無音の中、主人公イェヌーファの義母コステルニチカの登場で始まる。この意味は? いきなりこのプロダクションならではの演出となっている。

舞台や衣装は質素。物語は真っ白な小さな部屋でほぼ語られ、衣装は現代的なスーツやワンピースだ。
こうしたミニマルな演出は現代人の感覚にもヤナーチェクの音楽にも合い、また心理劇の心理に何よりスポットを当てる事になる。
小さな部屋は閉塞感を強烈に感じさせるし、劇中の「娘が何をしたの?」「人生ってこんなものだとは思わなかった」などの台詞は、普遍的なもので、現代の問題でもあり続けている。

指揮のトマーシュ・ハヌスは「殺人」という重いテーマを日常と隣接したもののように、平穏さと劇的さを表裏のように近くに感じて指揮するよう。登場人物一人一人の心理を自然に炙り出していた。

それにしても、この演目で突然起こる悲劇は、誰にでも起こりうるだろう事故であり、境遇であり、解決への道。物語を超えて、周囲が、社会がどうあるべきか、というヒントにもなり得る。
そうしたヤナーチェクの作品への強い意志をスタッフ全員が明確に感じているのが、何よりこのプロダクトを崇高なものにしていると感じた。

歌手も表現の理解と技術が一致してレベルが高い。特に2幕でのジェニファー・ラーモアによるコステルニチカの救われない苦悩が、深く、胸を締め付けられ感動的だった。

演出は観終わった今も消化しきれない部分があった。2幕でコステルニチカが夜に部屋から外へ出る際、部屋より外の方が明るいのはなぜ? 単に月夜だから? それともそれを希望と感じていたから?
最後イェヌーファたちが向かうのは白い世界から黒い世界。これは未知の暗喩? それとも闇が待っているのか…?
白い舞台だけにこうしたわずかな色の使い方は効果的で意味深で、とても気になった。ぜひ貴方の目でメッセージを感じ取ってほしい。

残りは1公演
3月11日(金)14:00~
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/jenufa/schedule/